竪穴式住居に家相(又は風水的)な考えがあったか?

自宅の近くで遺跡調査の見学会があるということで見学に行ってきました。

遺跡名は「高麗石器時代住居跡遺跡 第3次調査」
縄文時代中期(約4500年前)のモノで、竪穴住居跡が6軒発見されているらしいです。

現地では、県の埋蔵文化財調査事業団の方が内容について詳しくご説明してくれました。

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大きい円形ラインが、住居1棟分で、小さな円は柱跡らしい・・・。
建物の構造としては、円形および楕円形で、4本から5本の柱を持つ建物が多いそうです。
(円形跡が複数あるのは、建て替えを数回しているからとのこと)

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中期の竪穴住居の特徴の1つの「炉」

この時代では、煮炊きというよりも、
「火起こし」(外は風があるので・・)や「夜の明かり」の意味合いが強いのではないかというご説明。
調査の際は、火の温度で土が赤く焼けているので、場所が断定できるらしい・・・。

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もう1つの特徴「埋甕」(うめがめ)

文字通り「甕」(カメ)を地中に埋めたもので、乳幼児の埋葬施設や、
幼児の健やかな成長を祈念し胎盤(胞衣)を埋納した胞衣壺であると考えられているそうだ。

住居の出入り口に位置するのが特徴で、その理由は諸説あるらしいのですが

1.胎盤や臍(へそ)の緒は、「嬰児の兄弟又は子供の守護霊」、
  又は「その魂の一部を宿すもの」と見なされることが多いので
  出入り口で、ヒトと接する機会を増やし、子供の成長を祈るためのもの。
 (麦踏みなどの農耕を連想させる、踏めば踏むほど丈夫に育つというような・・・)

2.竪穴住居自体を女性の子宮ととらえて
  住居の出入り口(=子宮の入り口)の近くに「埋甕」(=胎盤)を配置。
  (「埋甕」自体が女性器などという推測も・・・)

などが有力らしい・・・。


ここで、建築的な疑問発生・・・。

「住居の出入り口や埋甕に、方角的に一定な法則性があるかどうか・・・?」

又もし一定の法則性があるようならば
「家相(又は風水的)な考えがあったのかどうか・・・?」

ちなみに、風水の起源は、黄河文明の頃に発達した地理学だそうなので・・・
時代的にも問題ないし・・・。

結論的からいいますと・・・
南側にある場合が多いらしいのですが、決まってはいないそう。

「南側に出入り口が多い理由」としては
竪穴式住居自体に”出入り口”しか開口部がないので・・・
日光による「明かり」や「暖かさ」を求めてという推測が有力だそうだ。

また、出入り口の位置を決める要素として
その集落の道や広場に対するアプローチという考えもあるそうで・・・


いずれにしても、とても興味深いハナシでした・・・。


これからの家造りにおいて、もっと「プリミティブなモノ」を
掘り下げてもたのしいかもしれませんね・・・。

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